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現在:
亀田騒動・・・・・・マスコミに付和雷同する愚民 2007.10.20
ボクシング・亀田大毅×内藤大助の試合放送の日、家のボイラーが故障して近所の花巻温泉にひとっ風呂浴びに行っていたんで、試合はロビーで一部だけしか観られなかった。
ただ、何かその試合以降、マスコミを含めて世間は大騒ぎの様相。もれ経緯を見れば亀田の反則が発火点となった、一連の亀田バッシング。
何かさ、改めて言うまでもないが、マスコミを含めて日本全体の愚かな性質というのを目の当たりにしているようで胸くそが悪い。
特にマスコミに対して。僕から言わせれば一言。
「朝青龍や時津風問題に飽きたから、今度は亀田か」
としか思えない。しかも、これが結構、しつこいくらい長々とワイドショーのまな板に載せられている。
僕は、亀田問題は彼らが全て悪いという風潮には到底、理解が出来ない。
以前のブログでも、僕はあの長兄・興毅選手の疑惑の判定と言われた問題でも言った事があるが、「たとえどんな経緯があったとしても、試合の結果の判定が興毅選手に挙がった以上は興毅選手の勝利であろう」。如何に視聴者側が騒いでも、実際の判定がそうであるならば、それを受け入れるしかないわけだ。その上で、何か問題があったら、そこから議論してゆけばいい。これは小沢一郎民主党代表が常に言っているように、政治の世界でも、世間常識でも同じ認識なはずだ。
だから、今回の大毅選手の問題も、反則行為の連続で内藤チャンピオンに惨敗した事は判定は判定として、全面的に大毅選手が悪いのは確かである。
ただ、それだからと言って、マスコミや世間が、掌を返したように反亀田に転じる風潮・心境というのが全く理解できない。
僕は思った。一連の反亀田報道に便乗して彼らを非難し続ける人々というのは、かつて小泉政権のまやかしに乗って郵政選挙を自民圧勝に持ち込み、それに代わった安倍政権を礼賛し、僕が支持する政党を貶すわけではないんだが、今年の参院選で、ただ年金問題や政治とカネという一時的なマスコミの報道に流されて民主圧勝を招いた・・・。こういう現象と全く同じである。
良く北京オリンピックを前に、中国国民のマナーの悪さが良く取りざたされる。「民度が低い」と言われるが、僕から言わせれば、日本人全体こそ、暴力行為・デモ行進すらしないが、「政治的民度」「世間的民度」は中国よりも低いと思っている。
長いものには巻かれろという言葉もそうだが、北風が吹けば挙って南に靡き、お山の大将が黒を白と言えばそれが白となる。
つまり、付和雷同。自意識というものがない。マスコミが騒げば、そういった連中はただ、その意見に(意見というのかも知らないが)従う。
亀田側は確かに(反則行為を助長した事自体)悪いが、彼らの一連の言動を作り上げてきたのはいったい誰だったか。
特に、僕はTBSによる持ち上げ・礼賛的な報道の仕方はいささか過剰だったと見てならない。亀田兄弟の傍若無人な振る舞いはどうもマスコミや世間に創り上げられた、「虚像」という風にしか捉えられなかった。まあ、それでも何でも、世間がそれほどまで英雄視する彼らの動向を気になっていたのも事実。だから、試合の結果と、一連の報道は別と言うことなのだ。
今日の小倉智昭さんが司会するフジテレビの番組で、亀田家が参加しないボクシングの試合を見るかという答えに、見ると答えのが大半だったのに対し、実際の視聴率結果が、亀田家ではない場合は1/3にも満たない。小倉氏も「嘘つくなよ!」と大いに呆れていた。これが世間の浅はかさというものだ。
我々国民はいつまで、マスゴミに支配されるのか。この期に及んで自覚を求めるのは古いことなのか。考えなければならない時期はもう、そのただ中にあると思う。
